2005年10月20日

ブロニカカメラの終焉

http://www.tamron.co.jp/news/release/051020_bronica.html
デジタルカメラの普及に圧されて中判カメラが売れなくなったのが原因だそうです。中判デジタルの動きもなかったので心配していたのですが、これはかなりショッキングな出来事です。

私自身はブロニカに高校生のころあこがれたことがありますが、写真家を志したときハッセルを購入しました。現在3台のハッセルが現役です。なぜハッセルかというと自分の写真の出来に言い訳をしないため。モノクロームでの階調表現にハッセルの方が適していると思ったこと。などの理由がありますが、ブロニカで撮られた写真を見るとき、シャープ感ではハッセルをしのぐことがあると思ったことも事実です。

ブロニカカメラは1956年にスタート。ハッセルに追いつけ追い越せと頑張ってきました。66のみならず645や67にも手を広げ、まじめなスタンスで商品を開発してきたメーカーだと評価しています。しかし、ひとつの時代の終焉を感じさせます。銀塩はもつのだろうか?という不安も同時にかき立てられてしまいますね。
posted by みお at 22:20| 福岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 銀塩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
タムロンさんに吸収されて,そして,全てのゼンブロが終焉を迎えたわけですね。
銀塩の「島」が小さくなって,その部分は,どのメーカーさんもギリギリ生きている感じの状況ですから,絶滅種が出てきてもおかしくないですね。
 銀塩市場の売り上げ(「島」の大きさ)を縦軸に多様性が維持されるためには,絶対的な「島」の大きさが必要でが,これは,地理生態学のモデルがそのまま使えそうで恐ろしいです。メーカーの数やモデルの数(多様性,これから多様度指数を計算することも出来ます)などを横軸にとれば,残念ながら絶滅予想曲線が描けてしまいます。
Posted by complex_cat at 2005年10月22日 13:41
なるほど絶滅予想曲線ですか。とてもわかりやすいけれど、あまり見たくないですね。

国内における中判大判カメラの総売り上げ台数は、今年7月期は350台を切っているそうです。ホルガの方が売れているかもしれません。

70年頃から日本製の電子カメラが世界のカメラメーカーに打撃を与えて、ドイツやアメリカだけでなくフランスやイタリア、イギリス等々のほとんどのカメラメーカーが絶滅してしまった状況に似ているのかもしれません。デジタルに移行できないメーカーは絶滅というのはあまりに無惨です。
Posted by みお at 2005年10月22日 17:34
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